地球の未来を編むワークショップ vol. 1
SFプロトタイピング
ワークショップ

横河電機株式会社
SFプロトタイピングワークショップ
Day2 レポート

「起こりうる未来」はすぐそばにある

東京大学One Earth Guardians育成プログラム(以降、東大OEGs)のメンバーおよび横河電機株式会社(以降、横河電機)が参加し、「SFプロトタイピングワークショップ」が開催されました。これは「100年後の地球のために私たちは何ができるか」を命題に、未来への想像力をより自由に膨らませるためのプログラムとして企画されたオンラインワークショップです。

約1か月、4日間にわたり開催される各回の狙いは、「Day1:SFプロトタイピングを定義する」「Day2:実践する人の視点を知る」「Day3:プロトタイピングを実践する」「Day4:自身の視点を問いかける(発表する)」です。前回のDay1ではSFプロトタイピングとは何か、また題材となる樋口氏による書き下ろし小説『野生の森』はどんな物語なのか、この1か月間の方向性を定義するワークを行いました。

Day2では、なぜフィクションを描く必要があるのか、どのようにフィクションを自身の活動に取り込んでいくのかを知るために、普段からフィクションと関わりながら研究活動やアート活動を実践されているゲストの方々をお呼びしています。東京大学大学院農学生命科学研究科で生物の進化と生態を研究する深野祐也先生、アートの領域でスペキュラティブ・デザインを実践する長谷川愛氏を迎え、お二人のプレゼンテーションと4日間アドバイザーとして参加いただいている樋口氏も交えたクロストークを行いました。

「思いも寄らないことを考えるきっかけに」SFの魅力とは

新しい自然現象や、人間と自然の関係にまつわるユニークな研究を行っている深野先生。誰も到達し得なかった視点に深野先生が気付けているのは「SFの影響が大きい」といいます。

SFの最大の特徴は「思考のたがを緩ませる」こと。ダグラス・アダムズが書いたSF『銀河ヒッチハイク・ガイド』では、食べられることに喜びを感じるよう品種改良された牛が登場します。倫理的タブーに触れるように思われますが、私たちが食料確保のため家畜の生産から逃れられないのだとすれば、考えられない話ではありません。「SFの世界に触れると、思いも寄らないことを考えるきっかけになる」と深野先生は指摘します。

もう一つの大きな特徴は「人間の営みを実感できる」こと。科学研究においては人間の日々の営みは除外されがちですが、多くのSFでは、科学技術の隣に暮らす人々の営みこそが描かれます。昨今のCOVID-19パンデミックで連想されるのはコニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』。フィクションでありつつも、人々に寄り添い細部までリアルに描かれています。

『ドゥームズデイ・ブック』/コニー・ウィリス(早川書房)、『紙の動物園』/ケン リュウ(早川書房)、『ねじまき少女』/パオロ・バチガルピ(早川書房)、『息吹』/テッド・チャン(早川書房)

他にも科学とフィクションを高速反復するように並列的に扱う点、心を揺さぶる強い表現に触れられる点もSFの特徴であり魅力であると深野先生は力説しました。

また深野先生からは、書き下ろし小説『野生の森』を読んで感じた科学的な解釈やインスピレーションが示され、一見フィクションの反対にありそうな科学の世界とSFの世界の結びつきを垣間見ることができました。

「起こりうる未来」を可視化する長谷川氏の現代アート

スペキュラティブ・デザインの実践者として知られる長谷川愛氏は、スペキュラティブ・デザインの手法を取り入れた現代アート作品を多数発表しています。

長谷川氏は初めに、Royal College of Art(RCA)のアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーによるPPPP図を取り上げながら、スペキュラティブ・デザインの描く世界について説明しました。「起こりそう」な未来から「起こりうる」未来までさまざまな可能性のある中で、現代ではテクノロジーが「Brexit」や「トランプ大統領の当選」といった思いもよらない未来を引き寄せているのではないかと指摘。また、ここで描かれる「望ましい」未来とは、誰の視点による「望ましい」未来なのかを考える重要性についても語りました。

また長谷川氏は、私たちが日常的に語るデザインとスペキュラティブ・デザインの異なる点は「課題に向き合う態度」であると説明します。問題を提起し、議論を巻き起こす視点を自己の中から見つけることが、スペキュラティブな態度に繋がるそうです。

《私はイルカを産みたい…》という長谷川氏の作品は、人間によって地球環境が汚染されている現状を顧みて、「そもそも世界にもっとヒトは必要なのか?」という問いから、長谷川氏自身がヒトの子を産むことに対してネガティブな感情を抱いたこと、絶滅危惧種の代理母になりたいと思ったことを起点に作られた作品です。胎盤の免疫寛容に着目し、合成生物学が進みイルカとヒトをつなぐ胎盤が現実のものとなった未来を提示しています。

また、《Shared Baby》は、遺伝的なつながりを持つ3人以上の親で1人の子を持つ家庭ではどういう家族のあり方が考えられるのか、どんな問題が起こりうるのかを考える作品。児童精神科医や卵子の冷凍保存ビジネスの従事者、法学者や生命倫理の専門家、あるいはシェアハウスで子育てをする方などに話を聞きながら制作したそうです。ロールプレイングゲームキットを使い、3人以上の親でどのように子供を育てるかシミュレーションすることもできます。同時になぜ私たちは血縁主義を信仰するのか、についても問いかけています。

一見すると驚くような未来像ですが、技術はすぐ近くまで及んでいます。スペキュラティブ・デザインの描く「起こりうる未来」は、前回定義したSFの世界と同様に「オルタナティブな現実」と言い換えることができるかもしれません。

「当事者インタビューで考えを深める」「疑問はすぐに調べる」示唆に富むアドバイス

ゲストのプレゼンテーションを受け、その内容を深堀りするクロストークでは、今後のワークに活かせそうなノウハウも聞くことができました。

「表現したいテーマを決めたときに、どういったアクションから始めるか」という問いに対し、長谷川氏は基本的な動作として当事者リサーチ、技術リサーチを挙げました。どのような人が当事者として存在するかを考え、実際にインタビューすることでより深いフェーズで物事を考えられるようになるのだといいます。

このコメントに樋口氏も「取材で得た素材にはパワーがある」と賛同しました。「当事者の人たちの声を聞くと、そんな使い方するの?という自分には到底考えつかないことが起きていて、問題の当事者が長年悩みと向き合いながら獲得してきた生活のあり方が見えてくる。できることなら当事者への取材はしたほうがいい」(樋口氏)。

一方、研究者も仮説を立てた後に検証するプロセスを踏みますが、どのようなファーストステップがあるのでしょうか。深野先生は自身が子育て中に「なぜ新生児には蒙古斑があるのか?」と疑問に思ったことを例に挙げ、「ありとあらゆる生き物の適応的な意義を考える癖がついている」と内省。浮かんだ疑問は学術文献の横断検索サービスGoogle Scholarで必ず調べるようにしているそうで、「すると、誰も調べていない疑問が時々あるんです」と研究テーマの見つけ方に紐付けながら話しました。

ゲストによる興味深い発言の数々に、参加者からも質問が飛び交いました。横河電機の根岸さんは深野先生のユニークな着眼点について「先生のような素朴な疑問がなかなか出てこない、どうすれば疑問が浮かぶようになりますか」と質問。これに対し深野先生は「すぐに調べる癖がないと好奇心は枯れていく」と指摘。「自分で解決する面白さを体験するのが大事。ふと思いついたことを調べて『面白かった』を繰り返すことが自分への報酬になり身につく」とアドバイスを贈りました。

議論の中で参加者からは、創作中に書きたいことや作りたいものが変わっていくことについての不安とその対処についての質問が挙がりました。長谷川氏はその変化を「作っていくうちに変わるのは思考が深まったということ」と肯定。深野先生は「科学論文の場合は、あまり論点が変わることは良いことと言えない」としつつも、論を展開する中でアイデアを狭める方向に進むことはあると説明します。「少し俯瞰して、最初に考えていたことを時々見直すことが大事」と回答しました。

横河電機の千代田さんは、バイアスにとらわれている思考をリセットする方法について質問。「価値観は変動するものである、と考える癖をつけたい」と話しました。長谷川氏は自分と異なるタイプの人と接したり、話に耳を傾けることが有効と提案します。加えて樋口氏は、自身の経験と重ねて「小説のような長文を毎日少しずつ書くと、日々変わっていく自分に気付く」とアドバイス。日々気分に左右されながら文章を紡いでいくことで自身の中のさまざまな価値観、人格の可塑性に気付かされると語りました。

Day2では、長谷川氏、深野先生をお迎えし、フィクションの持つ意義について学びました。樋口氏の「未来予測ではなく自分の欲求を見つめる、自分を掘り下げることから物語を書く」という言葉にあったように、未来は遠くにあるものではなく、自身のちょっとした違和感や疑問を見過ごさず「なぜだろう」と丁寧に向き合うことで形作られるものなのかもしれません。

次回はこれらの学びを踏まえ、実際にストーリーを書いていきます。どのような世界観が展開されるのか、期待と不安が高まる中、Day3へと続きます。

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ゲストプロフィール
長谷川 愛(アーティスト、デザイナー、東京大学 特任研究員)

バイオアートやスペキュラティブ・デザイン、デザイン・フィクション等の手法によって、テクノロジーと人がかかわる問題にコンセプトを置いた作品が多い。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design+ Researchで公共スペースでのインタラクティブアート等の研究開発に関わる。2012年英国Royal College of Art, Design Interactions にてMA修士取得。2014年から2016年秋までMIT Media Lab,Design Fiction Groupにて研究員、2016年MS修士取得。2017年4月から東京大学 特任研究員。(Im)possible Baby, Case 01: Asako & Morigaが第19回文化庁メディア芸術祭アート部門にて優秀賞受賞。森美術館、アルスエレクトロニカ等、国内外で展示を行う。

深野 祐也(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)

東京農工大学農学部卒業、九州大学大学院で博士号を取得。学振特別研究員DC1、PDなどを経て、現在、東京大学大学院農学生命科学研究科生態調和農学機構助教。進化生態学が専門。生物の進化・生態と人間活動の関わりに関心がある。農地や都市での生物の急速な進化や進化理論を生物多様性の保全や農業に応用する研究をしている。

樋口 恭介(SF作家)

SF作家、会社員。単著に長編『構造素子』〈早川書房〉、評論集 『すべて名もなき未来』〈晶文社〉 、その他文芸誌等で短編小説・批評・エッセイの執筆、noteで短編小説の翻訳など。現在、SFプロトタイピングをテーマにした単著を執筆中。

[参考文献]
『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること』
アンソニー・ダン、フィオーナ・レイビー 共著、久保田晃弘 監修、千葉敏生 訳(2015年、ビー・エヌ・エヌ新社)
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『20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業』
長谷川愛 著、塚田有那 編(2020年、ビー・エヌ・エヌ新社)
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