地球の未来を編むワークショップ vol. 1
SFプロトタイピング
ワークショップ

横河電機株式会社
SFプロトタイピングワークショップ
Day1 レポート

予測を脱し、もう一つの現実世界を構築せよ

東京大学One Earth Guardians育成プログラム(以降、東大OEGs)のメンバーおよび横河電機株式会社(以降、横河電機)が参加し、「SFプロトタイピングワークショップ」が開催されました。これは「100年後の地球のために私たちは何ができるか」を命題に、未来への想像力をより自由に膨らませるためのプログラムとして企画されたオンラインワークショップです。

「SFプロトタイピングワークショップ」とは?

未来を想像する際に障壁となるのは、想像すればするほど「予測」に留まってしまうことです。昨今のパンデミックや気象災害のように、予想もつかない事態が多く発生する中で、確実に予測できることなど、ほんのひと握りしかありません。また、具体的なアクションを想像するには、技術や社会制度の設計といった大きな枠組みもさることながら、一人ひとりの生活やストーリーがより重要になってきます。

常識を超えるような発想を生み出すこと、また思想や暮らしぶり、それに対応する環境やデバイスなど細部までリアリティのある未来を描くことを目的に、SFをツールとして採用し思考を膨らませるのがこのワークショップです。横河電機と東京大学という二つの組織の独自の視点の交わりを通して、それぞれの作りたい未来の可能性を広げていくことが期待されています。

約1か月、4日間にわたり開催される各回の狙いは、「Day1:SFプロトタイピングを定義する」「Day2:実践する人の視点を知る」「Day3:プロトタイピングを実践する」「Day4:自身の視点を問いかける(発表する)」です。Day1は、SF作家の樋口恭介氏によるSFプロトタイピングのイントロダクション、同氏による書き下ろし小説『野生の森』を読み解くワーク、参加者の「人と地球の関係」というテーマへの切り口を発見する、という構成で行われました。樋口氏には、書き下ろし小説の執筆に加え、4日間のアドバイザーとしての立場でも関わっていただいています。

SFプロトタイピングをなぜやるのか

導入となる今回は、SFプロトタイピングとは何かを知り、自身の中に定義づけることがゴールであることが、全体ファシリテーターより伝えられました。ワークショップの中で描く未来の補足説明として、Royal College of Art(RCA)のアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーの著書『Speculative Everything』(邦題:『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。』)中の図「PPPP(Probable, Plausibile, Possible, Preferable)」を紹介。

図は現在の延長線上にある未来の他に、複数のありえた未来の可能性を示しており、今回のワークショップは「あるかもしれないオルタナティブな未来」を描くものであることが伝えられました。例えば、現代の私たちにとって石油資源や電気を使わない生活は考えられませんが、もしもそういったエネルギー開発がされなかったなら、今の私たちはどんな生活をしているでしょうか?同じように、「未来」とは一つの選択の違いで大きく変わる可能性を秘めた、広大な世界なのです。

「SF」はオルタナティブな現実?SFプロトタイピングを始める前に

Day1の最初のコンテンツとして、SF作家の樋口恭一氏より「SFプロトタイピングとは何か?」を解説するイントロダクションがなされました。

まず、「SF」とは一体何なのでしょうか。SF評論家のジュディス・メリルは、既存のSFは「教育的ストーリー」「伝道的ストーリー」「思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)」の3つに分類されるとし、3つめの「思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)」こそが真のSFであるとしています。

思弁小説(スペキュレイティブ・フィクション)は、ある仮定に基づく虚構世界において人間がどのように変化するかをリアリティを持って書くことである、と樋口氏。機械や宇宙が出てくるのがSFなのではなく、実際に起きている今の現実とは別に、ありえたかもしれないオルタナティブな現実を想像するのがSFというわけです。固定観念を払拭し、この現実以外の「現実」を描くことを大切にしてほしい、と樋口氏は語ります。

また、樋口氏は、説得力のある優れたストーリーを描くのに重要な4つのポイント「新規性」「共感性」「構築性」「論理性」を紹介。これからSF小説を作り上げる際に立ち返るチェックポイントとなりそうです。

書き下ろしSF小説『野生の森』を読んでみる

イントロダクションの後は、全体を通して最後まで一緒に活動するA・B・C・D 4つのチームが発表され、それぞれのブレイクアウトルームでディスカッションが始まりました。参加者は事前に配布された樋口氏による本ワークショップのための書き下ろしSF小説『野生の森』の序文を読み、印象に残っているシーンについて語り合いました。
(※以下、あらすじ)

舞台は2021年並行世界の東京。都市はグリーンストラクチャーと呼ばれる人工の森で作られ、緑に満たされていた。物書きである主人公の娘は、ある日突然、肺に花が生えるという奇病に見舞われる。世の中には次々に同じ症状を訴える患者が現れ、奇病は世界的なパンデミックとなった。咳き込んで息苦しさを訴える者や、あたり一面が花に満たされた幻覚を見るなど、症状は様々だった。ついには妻や主人公自身も同じ病と診断を受けるが、娘の症状は一向に改善せず、日々悪くなるばかりだった。そんな矢先、富士の樹海に足を踏み入れた主人公、野生の森で肺の中の花は森の木々と会話しているようだった……

「東京は緑の都市だ」という書き出しに強く惹かれたという横河電機の小竹さん。実際の東京にはコンピュータやコンクリートが溢れており、「緑の都市」とはまるで正反対の印象を受けるといいます。「どのような背景から『緑の都市』に行き着いたのか、裏設定があれば聞きたい」と樋口氏に問いました。

樋口氏は、現実の価値基準を相対化するというSFの基本に基づき「SDGs的な未来像を相対化したかった」とその意図を解説。また、東京ではたびたび緑地化計画が起案されながらも立ち消えになっているという事実を踏まえ、もう一つあり得たはずの世界として「緑の都市」という虚構を設定したと回答しました。

東大OEGs 大谷さんは森に関する描写に注目。「人工のなめらかな森」と『野生の森』の対比が印象的だったと振り返ります。「現代においても、人間は自然との距離感を掴めずにいます。異質なもの、制御の効かない暴力的なものとして森が描かれていることが印象深かったです」(大谷さん/東大OEGs)

これに対して樋口氏は「自然が人にやさしい存在とは限らない」という背景を意識的に描き込んだことを告白。「意図が伝わってうれしいです」と感想を快く受け取っていました。

東大OEGs 鳥井さんはこの序文での世界を取り上げ、「この物語の世界において、病気に罹ることなく便利な生活をすることと、幻覚の中で幸せを感じながら生きていくこと、樋口氏はどちらが良いですか」と質問しました。

それに対し樋口氏は、「この小説では、我々の接したことのない認知の歪みを『病気』として描いています。とはいえ、我々は誰もが外部から思考体験の影響を受けている。それも一種の認知の歪みではないでしょうか」と指摘。「それぞれが抱える枠組みの中で幸せかどうかが重要で、認知が歪んでいる彼らの状態を、僕は良いとも悪いとも言えない。互いに違った枠を持つ人同士が対峙したとき、初めて双方の違いを自覚するのだと思います」と答えました。また「認知の歪み」は人によって異なる様相をしており、そのズレから生じる発見もまた、SFプロトタイピングを利用する目的であると樋口氏は言います。

SFの世界に没入し「思考の変動」を感じよう

今回の小説に設定されたテーマは「人と地球の関係」。オリジナルSF小説『野生の森』では、現実とかけ離れた設定が描かれる一方で、人々の振る舞いや思考は現実世界の私たちと同じように描かれます。どのようにこれらの設定を考えたのか?という参加者からの質問に対して、樋口氏は「もしも自分がSFの世界に行ったら、どんな文章を描くのかな、と想像しながら書いた私小説的な文章になっている」と解説。現実世界と異なるコンテクストの中に普段どおりの自分を置いて客観視することで「自分はこんなことを考えていたのか」と気付かされることがあるそうです。

「思考の変動が自ずと発生することを体感できると思います。SFの世界で自分ならどうするか?みなさんにもぜひ考えてみてほしい」と参加者にアドバイスを送り、初回のワークショップは幕を下ろしました。

Day1では、SFプロトタイピングとは何か?を樋口氏のプレゼンテーションからインストールし、「SFプロトタイピングとは態度である」ということを理解しました。また、SFプロトタイピングの一例として、樋口氏による書き下ろし小説『野生の森』の読み解きを通して、「人と地球の関係」について考えるきっかけ作りを行いました。次回は、フィクションを通して世の中に問いを投げかける実践者としてゲストをお迎えし、「実践者の姿から学ぶ」セッションを行います。

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ゲストプロフィール
樋口 恭介(SF作家)

SF作家、会社員。単著に長編『構造素子』〈早川書房〉、評論集 『すべて名もなき未来』〈晶文社〉 、その他文芸誌等で短編小説・批評・エッセイの執筆、noteで短編小説の翻訳など。現在、SFプロトタイピングをテーマにした単著を執筆中。

[参考文献]
『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること』
アンソニー・ダン、フィオーナ・レイビー 共著、久保田晃弘 監修、千葉敏生 訳(2015年、ビー・エヌ・エヌ新社)
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『20XX年の革命家になるには──スペキュラティヴ・デザインの授業』
長谷川愛 著、塚田有那 編(2020年、ビー・エヌ・エヌ新社)
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